Part2[発見] つらさを知ってほしい
上司や企業が、心の病の社員を積極的に掘り起こす
早期発見が重要──うつ病をはじめとした心の病も、他の病気と同様だ。しかし、その早期発見が難しい。
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080806/312280/
「心の病に関する調査」では、心の病と診断されたことがある人の76.8%が「自分で気付いた」と答えている(図1)。自覚率は高いが、他人に相談することは少ない。会社の同僚が心の病にかかったことを知った理由として「本人から打ち明けられた」を挙げたのは12.9%にすぎないことが、それを示している(図2)。厚生労働省が07年に発表した調査(保坂隆「自殺企図の実態と予防介入に関する研究」)でも、自殺者が事前に周囲に相談したケースはわずか2割。自殺者の6~8割がうつ病またはうつ状態だったとされており、周囲がそのサインを拾い上げられれば、命を救えたかもしれない。
図1●あなたは「心の病」だと自分で分かりましたか 図2●職場の同僚が「心の病」にかかったと知ったのはいつですか 図2を見ると、同僚の様子がおかしいと感じたケースでも「遅刻や欠勤が増えたため」が27.6%と断トツに多く、出退勤に影響が出るまで気付けていないことが分かる。日本大学医学部などで講師を務める平陽一医学博士はこの理由を、「最近は自分の仕事で手一杯なため、部下の面倒を見る余裕がない上司が増えているから」と指摘する。
専門家の多くが挙げる早期発見・対処のポイントは2つある。1つは上司が積極的に情報を収集して、変化に敏感になること。もう1つは、企業が早期発見につながる仕組みを取り入れることだ。
「眠れている?」── 最新チェック20 「鈍感な上司が(メンタルで問題が出る)最大の原因。上司が理解できれば救える場面は多いが、なかなかできず、メンタルヘルス対策制度も十分に活用できない」(ユーザー企業、管理職、40歳代女性)。調査の自由記入欄に寄せられた意見の一つである。
では、上司はどうすればよいのか。うつ病患者を職場に復帰させることを目的としたNPO法人(特定非営利法人)である、うつ・気分障害協会(MDA)の山口律子代表は、「まずは部下一人ひとりの生活パターンを把握してほしい」と訴える。理由は、「特にIT技術者はSOSサインを出すのが苦手だから」(山口代表)だ。
朝型か夜型かや食事を取る習慣など、各人のパターンを知っていれば変化に気付きやすい。山口代表は、「『眠れている?』とか『昼食は食べた?』という質問をさりげなくできるようにしたい」と指摘する。この、睡眠と食事は規則正しい生活の基本。「夜型で慢性的な睡眠不足の人、朝食を抜きがちな人に、生活パターンを改めてもらうためにも同様の質問をするといい」と山口代表は続ける。
さりげない質問をするためには、日ごろから言葉によるコミュニケーションが欠かせない。調査では、「職業柄パソコンに向かって黙々と作業することが多く社内での会話が少ない。雑談でさえチャット。仕事の問い合わせも、隣の人に声をかけずに、遠くにいる私にメールで問いかけてくる」(ITベンダー、プログラマ、40歳代女性)という声があった。メールやチャットに頼っていては、会話からくみ取れる表情や様子、態度などの情報は入ってこない。「身だしなみ、態度がだらしなくなった」「動作が鈍く、スローになった」「表情が堅くなった」「空笑い、独り言が増えた」などは、電子的なやり取りでは気付けない。
個々の生活パターンを知った上で、最近の傾向を鑑みて山口代表にチェック・ポイントを挙げてもらった(図3)。改めてチェックしてみてほしい。
図3●部下のうつ病を見抜く最新チェック・ポイント20 [画像のクリックで拡大表示] もし、部下の様子がおかしいと感じたら、体の不調を問いかける。心の病では、眠れない、体がだるい、疲れる、食欲が落ちるといった身体面の不調を感じることが多い。「『体がだるそうだけど大丈夫?』といった体の不調について尋ねると、相談のきっかけにつながる」(山口代表)(図4)。
図4●うつ病の症状が見受けられたら、すぐに声をかけて、カウンセリングなどへつなぐ ただ、ここから先は専門家に任せたい。自社の産業医や病院にかかることを勧める。上司がすべきは、早期発見と、専門家にかかりやすくするように仕事を調整すること。そして、実際にかかったかどうかのフォローだ。
現場を知る社員を相談窓口に 早期発見を組織的に取り組み始めた企業も増えている。そのアプローチは大きく2つある。気軽に相談できる「社内相談窓口」を社員のすぐそばに設置し、積極的に掘り起こすこと。もう1つは、外部にある心の相談窓口サービスと連携を深めるというものだ。
社内相談窓口の設置で特徴的な取り組みを始めたのが、TISの子会社であるアグレックスだ。08年度をメドに全社員1600人を対象にした「よろず相談窓口」を開設する。心の悩みを打ち明けることでストレスを解消し、心の病になることを防ぐのが目的だ。
「できるだけ各職場に近いところで、その職場を理解した社員による窓口を開設したい」と、よろず相談窓口を担当する経営企画室の青山瑞穂チーフマネジャーは語る。これは、自らの経験からきている。
青山チーフマネジャーは、13年間ヘルプデスクで顧客問い合わせなどを担当してきた。その人柄からか、多くの人の相談に乗ることが多かったという。そこで産業カウンセラーに興味を持ち、資格を取得。05年にヘルプデスク関連事業部限定で相談窓口を作った。仕事関連の悩みなら、自ら経験しているために気持ちが分かる。加えて、ヘルプデスク関連事業部には女性が多く女性ならではの悩みが中心。必要に応じて医療機関を紹介したりした。
同社は数字を公表していないが、「相談窓口を開設してから離職率は大幅に下がった」(青山チーフマネジャー)。そこで同様な窓口を全社に展開しようというのだ。
専門家部隊が出張して窓口開設 アグレックスの相談窓口担当者は当然ながら守秘義務を守っているが、「社員だと相談しにくい」と考える人もいる。また、全国に支社などがあると、すべての職場に窓口を設置することは難しい。そうした状況を打破しようとしているのが、NTTデータだ。
この4月、「職場保健グループ」という専門家部隊を新設。本社以外で働く社員の現場に出向き、社員のそばで相談窓口を開く(図5)。
図5●NTTデータでは「職場保健グループ」を新設し、保健師や臨床心理士が職場を巡回する仕組みを構築した [画像のクリックで拡大表示] 同社はこれまでもメンタルヘルス対策には積極的に取り組んできた。年1回の健康診断時に、臨床心理士が1人当たり30分程度問診して悩みを吸い上げ、その後もフォローしてきたなどだ。ただ、健康診断時の問診は年に1回。常設の相談窓口は東京本社、全国にある子会社の本社内にあり、さまざまな現場に散っている社員と距離があった。「忙しい社員がちょっと不調だからといって離れた場所にある相談窓口に足を運べなかったのが実情だった」(人事部ヘルスケアセンタの佐藤恵一課長)。
そこで職場保健グループが各事業所などを巡回し、積極的に社員の様子をくみ取る。そのために産業医を2人、保健師を4人、臨床心理士を5人新たに雇い入れ、管理職へのヒアリング、現場社員個人への面談、職場全体に向けたコンサルテーション、メンタルヘルス・ワークショップなど、問題の早期発見・早期対処を進める。「管理職面談の回数を増やせば、メンタルヘルスに関する職場の問題がより見えてくるはず」と佐藤課長は期待する。
外部サービス相場は3000円 外部の力を借りるという手もある。早期発見を担うEAPサービスだ。
EAPはEmployee Assistance Programの頭文字で、従業員支援プログラムと呼ばれる。1960年代に米国で開発された。Webベースの診断テストなどで各社員のストレスを測定し、本人に心の状態の気付きを与える。「気になるテスト結果があるときには、カウンセラーが直接アプローチして、悩みごとをヒアリングすることもある」と、EAPサービス大手ARMの鳥越社長は語る。相談窓口や簡単な医療行為も用意するため、企業は臨床心理士などの専門家を抱えなくてすむ。
02年に東京海上日動火災メディカルサービスがARMと共同でEAP事業を開始したのを皮切りに、損害保険ジャパンや三井住友海上などの損保各社が参入するなどEAP市場は拡大している。
Webサイトの開発・運用を手掛けるミツエーリンクスは、EAPサービスを活用している1社だ。「06年に社員がうつ病になったことをきっかけに導入した」(野中太郎取締役)。毎年ストレス診断などをし、うつ病になりかけている社員を早期に見つけ出す体制を整えた。受診率も高く、テスト感覚のストレス診断は社員から好評だという。
主なEAPサービスを表1に挙げた。電話やメール、面談による相談ができること、ストレス・チェック診断、組織のストレス診断などサービス・メニューに大きな違いはない。料金は対象の従業員数や選択メニューによって異なるが、1人当たり2000~8000円程度。各社が掲げる導入の目安は3000円前後が多い。
表1●主な国内EAP事業者のサービス内容 事業者名 URL 主なサービス内容と価格の目安 アドバンテッジ リスク マネジメント http://www.armg.jp/ 心の診断「eMe」で個人分析、組織分析などを実施。電話・メール相談、面談、医師による診断など。料金は個別対応 アトラクス ヒューマネージ http://www.humanage.co.jp/ 個人向けストレス分析、組織分析、企業コンサル、電話・メール相談、面談、復職支援など。料金は検査、電話・メール相談などで月額250円~(1人当たり) イープ http://www.eapjapan.com/ 電話・メール相談、面談(1人・年間10回)、管理職コンサルなどの「イープヘルスデスク」サービスで年間100万円~(200人以下) 神田東クリニック http://www.iomhj.com/ 電話・メール相談、診療、カウンセリング、緊急介入対策、研修など。料金は個別対応 ジャパンEAPシステムズ http://www.jes.ne.jp/ 電話・メール相談、面談、出張面談、研修など。料金の目安は電話・メール相談などの基本パッケージで、年間約200万円(800人) 損保ジャパン・ヘルスケアサービス http://www.sj-healthcare.com/ 企業コンサル、研修、電話相談、カウンセリング、復職支援などのサービス以外に、外部協力会社のEAPサービスも用意。料金は個別対応 ピースマインド http://www.peacemind.co.jp/ 電話相談や面談(年間5回まで)などの基本サービスで、年間1人当たり3000円前後。個人契約の場合は面談1回1万500円 ヒューマニーズ http://www.humaneeds.co.jp/ 電話相談や面談、ストレス診断、復職支援など。料金は個別対応 ヒューマン・フロンティア http://www.humanfrontier.co.jp 電話相談やカウンセリング面談、管理職コンサル、研修、緊急対応、復職支援など。料金は個別対応 フォーサイト http://www.foresight-a.co.jp/ 24時間電話サービス、年間5回まで個人面談、ストレス・チェックなどで、年間1人当たり約3000円 保健同人社 http://www.hokendohjin.co.jp/ 電話・メール相談、面談、ストレス診断、組織診断、復職支援など。トータルパッケージ料金は年間180万円~(従業員500人の場合) メンタル・ヘルス研究所 http://www.js-mental.org/ JMI(心の健康診断)の実施と個人への結果報告、集団の傾向、面接を含めた心理相談などで、年間1人当たり3000円前後 ライフバランスマネジメント http://www.lifebalance.co.jp/ 従業員や管理者向けストレスチェック・サービス「MTOP」で、年間1人当たり2400円~。組織診断やカウンセリングは個別対応
このEAPサービスで、最近になって動きが出てきた。これまで、「企業の人事部には個別の相談内容などを漏らさないため、各社員が相談しやすい」というのがうたい文句だった。しかし、相談内容によって人事部などと連携することをメニューに掲げ始めたのだ。
損保ジャパン・ヘルスケアサービスの関泰章取締役によれば、「従来、会社に知られたくないという人が多かったが、社員の考えが変わってきた。自分は直接会社に言うことはできないが、EAPを通して会社に伝えたいと考える人が増えている」という。そのため、相談者の了解を得た上で、企業と密な連携を取る。それをメンタルヘルスのコンサルティングにつなげ、職場への早期復帰を目指す。
<<前ページ 1 2 3 (渡辺 一正=事業部,小原 忍=日経コンピュータ) [2008/08/19]
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